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連載:大田区からの被災地支援
第6回 東日本大震災・大田区の被災地支援とボランティア(その3)

区民が示したここぞの手助けを今後に活かす道とは
〜災害支援ボランティアから見えてきた新たな力〜

■防災塾とアンケートへの着手

 大田区では、東日本大震災発災後すぐに災害対策本部を立ち上げ、大田区被災地支援ボランティア調整センターの設置を決めました。そして、区と区民との協働によって今も被災地の支援と区内避難者の支援を行っています。
 ボランティア調整センターでは今年度、宮城県東松島市の支援、大田区内への避難者の支援に加えて、新たに二つの取り組みを行っています。一つは前回の最後にもふれた災害支援ボランティア経験者と地域住民、あるいは地域住民同士がより顔の見える関係を作りながら防災・減災についていっしょに考え、学ぶ防災塾の開催です。すでに2特別出張所管内で講座を終え、8月下旬には2地区合同で東松島市を訪れ、被災地を視察し、直接被災経験者から、特に避難所での自主的な運営の様子などを聴くことになっています。
 そしてもう一つの取り組みが、これまで支援ボランティアに参加した4,000名近くのボランティアに対するアンケート調査の実施です。調整センターが募集した災害支援ボランティアには、被災地での支援活動ボランティアへの参加はもちろんのこと、ボランティア活動そのものが初めての方が多くいました。大田区の災害支援ボランティアは、支援活動は当然のことながら、その経験を大田区の災害に活かすという大切な目的をもってこれまで実施してきました。その目的達成のためには、大田区内での日頃からのボランティア活動を推進し、改めて区内でのボランティア同士のつながりを作っていくことが大切です。そこで、被災地支援活動参加後のボランティアの活動の実態の把握と、将来の災害に備えた大田区内でのボランティア活動につながるようなサポート施策への希望を聞いていくことが必要です。アンケート結果は、そのための資料となる大切なものと考えています。

■多くの方は個人で参加

 以前、私の友人がボランティアセンターを訪れて、ボランティア活動について相談しにいったことがあります。そこでは主にボランティア希望者と受け入れ先の橋渡しを行っていました。そして、紹介された団体では、当然のことながらできるだけ自分たちの団体での継続的なボランティアを望まれました。そして、その結果としてその団体の会員になるかならないかの決断を迫られたようです。しかし今回、災害に対する支援ボランティアを募集し、実際に現場での活動を通じてボランティアの人たちをみてみると、その多くが目の前の困った人たちを見て、経験の有無に関係なく、とにかく自分のできる限りの力で応援をしてあげたいという人がほとんどでした。もちろん、普段からNPOなどに所属して専門的な活動をしている人もいました。しかし、多くのボランティアは特定の団体での継続的なボランティア活動よりは、とにかく今、目の前で困っている人がいたならば、仕事を放り投げてでも助けてあげたいと駆けつけてくれた人たちでした。ですからこのような個人を名簿や組織で縛るのではなく、日頃の活動を通じて連携させていくことが、いざ災害が発生した時に連携して行動できるチームになるのではないでしょうか。そのためにも憶測ではなく、アンケートによって被災地支援に参加されたボランティアの人たちのその後の活動の実態と考え方を正しく知ることが必要ではないかと考えています。それがサポート施策を考える方向を見出してくれるのではないでしょうか。

■個人の力が輝く方法を見つけたい

東日本大震災は多くの生命財産を奪いました。その一方で、一見ボランティア活動に関心がないように思われていた人が、実はここぞというときにすべてを投げ出して手助けをしてくれる、そのような区民が大田区には大勢いることがわかったことはすばらしいことでした。この大切な宝物をこれからも輝かせていくための方法を早く見つけ出す責任をひしひしといま感じています。
 災害時において、専門技術や特技を持ったボランティアほど頼もしい人材はいません。しかし、一個人としては未熟で頼りない存在かもしれませんが、常日頃から活動を通じて相手の長所短所を知り尽くした仲間が、緊急を要する環境の中でチームとなり、お互い補い合いながら活動してくれる、そのようなボランティアが大田区内や周辺にいてくれることも頼もしいことではないでしょうか。すべてが失われたとき、一人の力よりは大勢の力が尊い命を助けることになります。

■臨機応変に対応できるチームの育成めざし

 「協働」をキーワードに設置された大田区被災地支援ボランティア調整センターは、目の前の被災地、避難者のニーズに対して、不十分かもしれませんが、ベストではないかもしれないけれど、ベターな支援活動を、ボランティアのみなさんの協力でひたすら行ってきました。そして、そこから学んだことをマニュアルにまとめるのではなく、変化する社会の中で、明日あるかもしれない災害に臨機応変に応できる力を持った個人、チームとして育て、伝えていきたいと考えています。
 先月、大田区の中学2年生が1泊の社会科見学で東松島市を訪問してくれました。津波によるがれきも片付き、草地となった住宅地で生徒たちは何を感じたのでしょうか。津波から逃れ、生き残った人の話を生徒たちはどのような気持ちで聞いたのでしょうか。でも、直接、被災地に足を運び、見て聞いて触ったことは決して無駄にはならなかったと信じています。少なくとも3月11日、テレビの映像を見て「映画みたい」といった人たちよりは、多くの亡くなられた方々、そして残された方々の悲しみを真剣に受け止め、家族に同じ思いをさせたくない、そのためにするべきことが自分たちにはある、と感じてくれたのではないでしょうか。これまで大田区の災害支援ボランティアとして参加してくれた人たちがそうであったように・・・。

小野紀之(大田区被災地支援ボランティア調整センター事務局長)

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