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今井さんを偲ぶ会
深い追悼、一つの時代経験を噛みしめつつ

  時ならぬ暑さが戻った10月12日、萩中集会所を会場に今井英男本誌前編集長を偲ぶ会が催された。
 会場となった萩中集会所は萩中公園の一隅にある。糀谷、羽田、萩中地域の労働者が折に触れて使用してきた、ある意味で由緒ある集会所だ。実は今井さんも結婚式に使っていた。
 数年前に建て替えられ趣を一新したとはいえ、その場が今回の催しの会場となったことも、何人かの参会者には感慨を誘うものだった。
 会場には、『東京満蒙開拓団』出版記念パーティーで笑顔を見せて思いを語っていた在りし日の今井さんの姿が、闘う日航労働者の会の赤旗を敷台として飾られ、さまざまな場で一時代を共にした73名のゆかりの人々が、その遺影と共に故人への思いを新たにした。

過去を今に引き継ぐ課題を自問しながら

 会は、今井さんと同期で日航に入社し以来半世紀以上闘いを共にしてきた杉本茂樹さんの音頭による献杯で始まった。その際杉本さんは、今井さんが文学青年であったこと、つい最近は北方謙三の『三国志』に傾倒していたことを紹介したが、それはかけつけた人たちの多くに、今井さんの意外な一面を新たに知らせるものとなった。
 今井さんの活動の軌跡を簡潔にまとめた映像も紹介された。今回の世話人の一人、もう一人の今井さんの同期の同僚にして同志である馬場進さんが、数多い写真の中からパワーポイントにまとめ上げた。
 この日の参会者の過半は日航の外で今井さんと運動を共にした人たち。日航経営との熾烈な闘いも多く記録したこの映像は、その人たちには新鮮なものであり、あらためて感銘を残すものだった。
 数多くの人たちが、今井さんの思い出の一端を披露しつつ、こもごも今井さんへの共感を語った。いずれも、一つの時代を共有した実感を噛みしめるものであると同時に、それを今にどう引き継ぐかの、自身に対する問いかけともなっていた。
3時間という予定時間は、そうした深い交流の中であっという間にすぎた。
 おそらく語りたい人はまだ多く残っていたと思われる、が、その余韻を残しながら会は最後に、ご家族1人1人から語られた今井さんへの思いを胸に、世話人である永嶋さんのリードで「赤旗の歌」を全員で唱和して閉じられた。

 なお本誌「今井英男さん追悼特別号」はこの日までに無事完成し、参会者全員にお渡しすることができた。ただ寄稿頂いた方の一部に名前の校正漏れがあるという大変非礼な失態をしてしまった。大変申し訳ないことであり、この場でもあらためてお詫びします。

(編集委員・大道寺)

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