「子育てが楽しい町横浜」委員会の報告

■ プロローグ

 第1回目の98年7月29日。指定された横浜市庁舎内の会議室に行ってみると、ほほー、よくテレビのニュースで見る国の審議会や委員会みたいに、コの字方にならべられたテーブルに三角の氏名札。私の名前が書かれた札がおかれた席に、事務方をつとめる背広姿の市職員に案内されて座りますと会合が始まりました。

■ 本文

 私の、たかが5ヶ月間の「おかあさん」のまねごとをさまざまなメディアに宣伝していただき、おかげで変化に富んだ育児休業=主夫生活をさせてもらった「育時連」(男も女も育児時間を!連絡会)の方の推薦により、横浜市から「子育てが楽しい町横浜委員会」という、何やらおお甘な名前のついた委員会の委員を委嘱されたことは前に書きました。結局、98年7月末から12月までの間に月1回、つごう5回の会合があり、お姉ちゃんの七五三で帰郷したとき以外の4回の会合に参加して、無事お役ごめんとなりましたので、簡単な報告をしようと思います。。

 「少子高齢化」に何とか歯止めをかけようという国のエンゼル・プランに基づいて、各自治体にはエンゼル・プランの地方版を作成することが求められているようで、横浜市には「子育てが楽しい町横浜プラン」というのがあるのですが、(といっても、今回立派なパンフレットをいただくまでは、当然にも「私はそんなプランは知らん」かった)、その「横浜プラン」を推進するための方途を考える委員会の委員になったわけです。

 委員会の目的は「横浜プラン」が市長に提出した提言の具体化をはかることにあり、こういう委員会の常として、すでに発足した時点で、委員会を設置した横浜市企画局少子高齢化対策室には、この線で行こうという案が用意されており、おそらく、委員会を構成する委員のうち主要な何人かには事前に相談ないしは打診があったと思います。こんなことを推測で書くのは失礼だと思われるかもしれませんが、大体、女が子供を産みたくなるという施策を、たかだか2時間から2時間半の会議を5回開いただけで決められるわけはなく、何よりもまず時間内に会議が終わることを優先しているとしか思えないやりかたで、事務方がテキパキと進行させる会議のありさまを見て、私はそう確信したわけです。

 さて、最初の2回の会議では、子育てに関わっている専門家からお話を聞く時間が設けられていて、横浜市独自の制度である「子育て支援者」、子育てグループのリーダー、ベビーシッター会社の幹部、保育園長の皆さんのお話をお聞きすることができました。そこでわかったのは、都会での専業主婦の子育ては大変孤独なものなんだなあということ。子育てだけでなく家庭生活全般にわたって、それを取り巻いていた地域社会が消滅しているのと、ジジ・ババの居ない家庭が増えたため、例えば周囲に誰も知り合いの居ないマンションの1室に、赤ん坊と2人、ただぽつねんと孤立しているような女性がたくさん居るという事実です(そんな基礎的な認識もなく、よく委員を引き受けたなと非難されるでしょうね、…まったくそのとおりです)。父親は企業社会の中で社会生活を送っているから、地域社会にはまったく顔を出さないでも社会的に孤立するという事はないが、専業主婦は努力していないといつも孤立する危険性がある。父親の地域社会に対する関わりについて、委員会で知り合った女性が、
「古い町に住んでる男はまだいい。昔ながらの町の集まりに顔をだすから。新しい町に住んでる男は全然だめ」
 と言っていましたが、それはよく分かります。やれ、祭りだ、消防団の会合だと、古い地域社会の中では男の役割がそれなりに決まっていて…と書いても、実は私はそういう社会の中で生きた経験のないコスモポリタンなのですが…、男たちはそういう男役割をきちんとこなす事も甲斐性のうちだと考えていた。それが、地域社会が解体した都会の生活では男の役割はまったくなくなってしまい、地域の中で男が生きていく上でのポジションがなくなってしまっている。

 何回か出席してわかってきたのは、孤立する危険と隣り合わせで子育てしている専業主婦に焦点をあてた施策に結論を絞り込もうとしているのだなという事で、委員会の議論は(1)市民が主体となった横浜型保育ボランティアシステム、(2)復職や再就職に関する市民と企業の情報交流システムの2点に集約されていきました。とりわけ(1)。例えば専業主婦がちょっと外出したいと思っても、乳児を抱えてはなかなか外に出られない。そういう場合に気楽に子供を預けられる制度をつくる。預かるのは行政ではなく、子供を預かってもいいよという人を市民の中から組織しようというのです。ただ子供を預けられるだけでなく、この制度が、孤立している子育て中の主婦にとって、そこにいけばなんでも気軽に相談できる交流の場になればいいという意見も強く出ましたが、どんなものになるか、具体的には私にはまだ見えてきません。5回の会合を終えて、事務局である少子高齢化対策室が最終報告となる文書を作って回覧することになっていますから、それがくればはっきりするかもしれません。

 (2)については、女性の就業人口におけるM型カーブというのがあって、出産・育児期の女性の就業率は一旦低下する。で、子育ても一段落した女性が再就職したいと思っても、子持ち・高年齢となれば以前と同じ内容で同じ待遇の仕事などほとんど見つけられない。そこで、再就職を希望する女性にさまざまな情報を提供する場を作ろうというのです。これについては、委員会に出席していた女性が所属している21世紀職業財団や横浜女性協会、それに職業安定所などでも個別にいろいろ努力していることが報告されたこともあって、その上で何を作るのか? (1)に輪をかけて私にはイメージが湧きませんが、それも、最終文書が回ってくればもう少しはっきりするかもしれません。

 現在、委員会は5回の会合を終えて、事務方が文書をまとめている段階なのですが、私なりの感想を、以下に少し書いてみます。
 まず第1に今回の委員会は「保育に関わる多様なニーズには多くの選択肢があったほうがよい」ということで、行政がやっている保育園、私立の保育園の充実という議論を横に置いて、市民参加による新しい保育の形態を提案するという結論になったわけですが、既存の保育行政の不備をどうするのかという問題。
 保育園に入りたいのに入れない子供が全国で一番多いのが横浜市だという記事を先日新聞で読みましたが、実際、昨年わが子を保育園に入れるときには、入れなかったらどうしようと悩みました。また、私は、病気になった子供の保育、いわゆる病児保育のことを会議でしつこいくらいに言いましたが、共働き家庭で何が困るといって、子供が急に熱を出したとき保育園に預けられないくらい困ることはないのであって、今回提案されるであろう制度が、たとえば「冠婚葬祭のとき子供を預けたいというニーズがある」と明記しているのに病児保育のことが書いてないのは、市民を主体とした制度を考えているから病児保育ははなから無理と考えているのではと思えてしまいました。
 実際、保育園の園長さんとのやり取りでも
「病児保育は長年の懸案で、本当に預かってあげたい思うが現状は無理…」
 という話でしたし、ベビーシッター会社の幹部からは、
「熱さましの座薬を使って一時的に熱を下げて預けていくような親が後をたたない。病気の子を専門に扱うのは民間では難しいので、たとえば市内に何個所か病気の子を専門に預かる市の施設を作るというようなことを考えればよいのでは」
 という意見が出ました。こうした例に見られるように、既存の保育行政にあるさまざまな問題を棚にあげて、新しい制度を作っても、決して「子育てが楽しい町」にはほど遠いと思いました。

 だからといって、委員会でまとめられる予定の新しい保育の試みに私は反対ではありません。「多様なニーズに多様な選択肢が用意されているほうがよい」という意見が間違いだとは思いません。今回の委員会のめざすところは、主に共働き家庭の「保育に欠ける」子供を対象としてきた既存の保育行政がカバーしていなかった専業主婦の子育てを支援する試みとしては意味があると思います。

 さて、もう一つの(2)についても、(1)と同じく、基本的な問題を迂回したところで対策を練っているとでも言うような感を受けました。(2)では出産・育児で退職した主婦の再就職を支援するという課題を考えているわけですが、そもそも、出産・育児を期になぜ女が仕事をやめねばならないのか、出産・育児期の女性が仕事を辞めざるを得ないような社会環境をどう作り替えるのか、ないしは出産・育児期をむかえた女性が働きつづけることをどう支えるのかが、まずもって議論されねばならないと思うのですが、そこのところは素通りしたうえで、出産・育児を終えた女性の再就職を支援するというのでは、これも「子育てが楽しい町」には遠いのではと思えたのです。

 しかし、この(2)についても私は反対ではありません。何ができるのかはっきりしないし、いまある組織に屋上屋を重ねる心配はありますが、現実に多くの女性が出産・育児を機に退職を余儀なくされ、再就職で苦労している以上、そうした女性たちに情報を提供することには意味があると思うからです。

 結局、委員会が出そうとしている結論に対して、私としてはこれでは「子育てが楽しい町」にはまだまだだなあと言う率直な感想を持ちつつ、予定されていた…と言えば失礼かもしれませんが…結論に対しては、「それはそれで、結構なことだ」と思ったわけです。それで、第5回の会合の最後に一人一人が感想を求められたときには、
「今回の提案ではまだまだ『子育てが楽しい』には遠いと思う。もちろん一つの委員会の活動だけで問題を解決することなどできないが、現にある困難と施策に存在する大きなギャップから目をそらさない報告を出してほしい」 と言いました。

 そういうわけで、99年度に横浜市では、市民参加の新しい保育制度と再就職を支援する情報システムづくりが始動します。形の上では(って、最後まで無責任だな)私が横浜市に提言することになるわけですから、どんなものになるのかしっかり見守っていかねばと思っています。

■ 付録

 実は今回委員を引き受けるにあたって、かみさんに不信のまなざしを向けられました。「たいしたこともしてないくせにまたそんなもの引き受けて」というわけです。子供の病気に備えて取っておかねばならない年休を5日もつかって(会議は平日昼間ですからね)、「おとうさんがそこに行ったらわが家の子育てが楽になるの」といわれました。ほとんど好奇心と興味本位で引き受けた私としては、「そんなものじゃないだろう」と小声で言い返すのがやっとでしたが、実は、私が会議で病児保育のことをしつこく言い続けたのは、背後にかみさんのそういうプレッシャーがあったことも大きかったわけです。

 結局、貴重な税金をいただいて(2時間から2時間半の会合に1万5千円弱が支給されました)参加しながら、ほほー、こうして行政は回っているのかと感心しているうちに、私の名前も入った提言が、横浜市に提案されることになってしまった。本当にこんなのでよかったのでしょうか?
 ただ一つ自慢できるとすれば、当ホームページの談話室('98/08/12)で、友人の小池さんから「市長のブレーンですか?」と聞かれて、ああそうか、結論には責任を持たねばならないなと思ったこともあり、横浜市民が「子育ては苦しい」と感じている現状を、ありのままに指摘しようと努めたことです。

 最後に一つ付録の付録。「男で育児休業した人」としてご指名を受けたわけですが、そういう時いつも思うのは、指名してくださった人の職場で男性の家事・育児に対する関わりがどうなっているのかということ。特に今回は「男女共同参画社会」というのを唱えている、つまりそうした社会への先導役である当の行政からご指名を受けたわけで、横浜市職員内部で男性の家事・育児への関わりがどうなっているのかぜひお聞きしたいと思いました。
 本当に子育てが楽しくなるためには、先導役の行政として、たとえば育児休業は最低2ヶ月くらいは男性に強制的に割り振るくらいのことをやって、男性の育児参加をうながすことが必要ではないでしょうか。

('99/01/31)