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◎ 闘争日誌

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'97528北海道・九州採用差別事件、民事訴訟一審が結審。裁判所は和解を勧告。国労は評価、JRは拒否。 記事へ
28採用差別事件「最終弁論」中央集会に2,500人。(厚生年金会館・東京)
626「JRは東京地裁の和解勧告に従え!」をスローガンに、国労、国労弁護団、国鉄闘争支援中央共闘が総決起集会。(東京・日比谷野外音楽堂。3,500人)
27JR東日本の株主総会。「一株株主」から、労使紛争の解決。不当労働行為に関係した松田社長など役員解任などが提案され、3時間の総会となる。
87組合バッジ着用を理由とする賃金差別事件で、横浜地裁が、JRの不当労働行為を認定する国労全面勝利の判決。 記事へ
27,28国労が第62回定期全国大会を開催。JR各社に労使紛争の全面解決の決断を迫る方針と、新執行部を確立。 記事へ
99東京高裁で、東京自動車営業所の不当労働行為事件で、不当労働行為を認定しJR東日本の控訴を棄却する、国労側勝訴の判決。 記事へ
22東京自動車脱退強要事件で、JR東日本が上告を断念して不当労働行為の判決確定。会社は国労に謝罪の書面を提出。 記事へ
1012亀戸中央公園(東京)で「団結まつり」。各闘争団をはじめ、これまで最高の170の出店に、地元の人々など数千人が参加して大いに賑わう。 記事へ
23東京地裁で行われた、神奈川、東京、宮城、福島、静岡での不採用事件の裁判で、国労は、斎藤英四郎(経団連会長・JR設立委員長)、杉浦喬也(国鉄総裁・設立委員)、住田正二(運輸事務次官・設立委員)、林淳司(運輸省審議官)、門野雄策(本社職員局労働課)の5氏(肩書きはいずれも当時)を証人申請。
29仙台高裁は、国労秋田地本がJR秋田支店に申し入れた出向問題での団体交渉が拒否された事件で、団交拒否は不当労働行為にあたるとした秋田県労働委員会の命令を支持してJR東日本の控訴を棄却。 記事へ
30東京高裁が、国労新幹線支部の組合員の組合バッジ着用を妨害したり一時金をカットしたJR東海の行為を不当労働と認めない不当判決。組合バッジをめぐる裁判では、広島、神奈川で国労が勝訴、東京で敗訴と、判決が別れる。 記事へ
1112秋田での団交拒否事件で、JR東日本が上告を断念して会社の敗訴確定。
25中労委は、国府津給電区での脱退強要事件で、JR東日本の不当労働行為を認定。不当労働行為の禁止と謝罪の掲示を命ずる救済命令交付。 記事へ
27「異議あり労働基準法改悪!11・27全国集会」に社会民主党、民主党、新社会党の国会議員が出席。連合・全労連・全労協の代表が挨拶。(東京・日比谷野外音楽堂。3,000人)
27社民党の村山前党首、伊藤幹事長、渕上労働局長が橋本首相宛の要請書を村岡官房長官に要請書を提出、JR不採用問題の早期解決を求める。 記事へ
121「1047人の解雇撤回・JR労使紛争全面勝利・12・1中央総決起集会」に1100人。(千代田公会堂・東京)
'9822採用差別問題で、東京地裁はJR側が拒否したため和解を断念。5月下旬から6月ごろ判決を言い渡すと伝える。 記事へ
528採用差別事件で、東京地裁はJR各社に採用や選考やり直し等を命じた中労委命令を取り消す反動判決。 記事へ
'991国労新橋支部が採用差別事件の解決、国労差別の解消などを要求して運輸省前で座り込み。 記事へ
318国労第64回臨時全国大会が「国鉄改革法を認める」方針を採択。 記事へ
827,28国労第65会定期全国大会。激論の末、前年からの和解交渉の経過を承認、引き続き和解決着をめざす方針を採択。 記事へ
1111神奈川バッジ事件で、国労の勝利、JR東日本の敗訴が確定。 記事へ
1118ILO理事会本会議が国労の主張を認める勧告を採択。日本政府に勧告。 記事へ
123JR東日本が立川車掌区の脱退強要事件で謝罪文を車掌区掲示板に提出。 記事へ
20008JR東日本が新橋支部四分会の脱退強要事件で本社玄関に謝罪文を提出。 記事へ

 

 北海道・九州採用差別事件で東京地裁が和解を要望('97/05/28) 年表へ

 北海道・九州採用差別事件の裁判が5月28日に行われ、JR(原告)、中労委(被告)、国労(補助参加人が2時間の最終弁論を行ったあと結審した。結審にあたり萩尾裁判長は「裁判所の意見」として、「本件紛争発生以来すでに10年の歳月を数え、その間の社会、経済情勢の著しい変化等を鑑みると、本件紛争について早期に抜本的な解決を図るべき時期に来ている」と述べ、JR中労委、国労、国鉄清算事業団が紛争の早期解決を目指して、和解の席に着くよう要望した。
 これに対しJR側の西弁護士はその場で拒否。しかし萩尾裁判長は、原告、被告双方に、6月末日までに「意見」に対する回答をするよう求めて、閉廷を宣言した。
 裁判終了後、本部は直ちに臨時中央闘争委員会を開催し、(1) 国労も紛争が早期に抜本的に解決することを求めており、裁判所が和解の席に着くよう要望した意義を高く評価する、(2)和解の席に着くべき関係当事者としてJRはもとより、清算事業団を加えたことは、紛争を正しく解決するにあたってきわめて妥当である、(3)国労は裁判所の意見を受けとめ、和解の席に着くことを表明し、JRに対しても、これ以上裁判による紛争解決の遅延を図ることなく、和解の席に着くよう強く要望する−−を盛り込んだコメントをまとめて記者発表するとともに、同日夜に開かれた報告集会の冒頭で永田稔光委員長が表明した。

 組合バッジ事件で、神奈川地裁が国労側全面勝利の判決('97/08/07) 年表へ

 組合バッジを着用していた国労組合員を就業規則違反で処分し、賃金を減額したのは不当労働行為であると認定した神奈川地方労働委員会を、JR東日本会社が訴えていた事件で、8月7日、横浜地裁は、JR東日本の訴えを全面的に棄却する、国労側全面勝訴の判決を下した。
 判決の中で渡辺等裁判長は、会社の処分が正当であるためには、単に会社の定めたもの以外の胸章を着用したというだけでは足りず、「胸章」を着用することにより、利用者に不快感を与えたり、職場の弛緩を招くことになるか否かが問題であること、今回の場合、組合員らが組合バッジを着用して業務についたとしても、物理的にも社会的にも労務の提供を妨げたり、疎かにし又は誤らせる可能性はなかったとした。そして、JRが組合員に対して行った一連の措置は、JRが嫌悪する国労所属の組合員らに対する不利益な扱いを通じて国労に打撃を与え、その勢力を減殺し組織を弱体化させることを主たる動機とした不当労働行為に該当すると判断した。

(以上、国労横浜支部発行「横浜速報」'97/08/07より)

 1センチ四方の組合バッジを胸に着けていることを理由に、いまだに多くの国労組合員に、年2回の訓告処分が発令され、それを理由に毎年、昇給の4分の1カット、ボーナスの5パーセントカットが繰り返されている。処分を受けた者は昇進試験を受ける資格を剥奪されるため、被処分者は昇進を一切拒否されている。今回の判決は、退職するまでの毎月の給料、一時金、退職金にまで連動し、年を追うごとに不利益が増していくJRの不当な差別政策を明確に断罪するものとなった。

(国労機関紙「国鉄新聞」'97/05/30号より)

 国労第62回全国大会開く('97/08/27,28) 年表へ

 国労は第62回定期全国大会を8月27、28日に東京・教育会館で開催し、東京地裁の動向や神奈川バッジ事件の勝利判決を武器として活用しながら、JR各社に労使紛争の全面解決の決断を迫ることを意志統一した。確立された運動方針は、「今や解決の時期である」というマスコミの論調や政治的な環境を背景に、秋から年末に向けて中央での宣伝や大衆行動を集中して、政治の力で解決させるとしている。
 大会では永田委員長以下の三役と執行委員が退任、高橋義則委員長(東京地本)、上村隆志副委員長(近畿地本)、宮坂義久書記長(東京地本)の新三役と執行委員を選出した。

(国労機関紙「国鉄新聞」'97/08/29号より)

 東京高裁が現JR東日本常務取締役の不当労働行為を認定('97/09/09) 年表へ

 9月9日、東京高等裁判所は、JR東日本が中央労働委員会を訴えていた、東京自動車営業所の不当労働行為救済命令取り消し訴訟で、会社の控訴を棄却する判決を言い渡した。事件は、87年11月に、当時の花咲淑夫自動車事業部総務課長(現JR東日本常務取締役)が部下とともに国労東京自動車営業所分会の分会長宅を訪問し、「お前が国労に残っていては駄目だ」「あんたを飛ばすわけにはいかない」「もし応じてくれなければ組合員を強制配転させる」と恫喝し、国労からの脱退を強制したというもの。

(国労機関紙「国鉄新聞」'97/09/12号より)

 JR東日本、東京自動車脱退強要事件で上告を断念、国労に謝罪の書面を提出('97/09/22) 年表へ

 9月22日、JR東日本は9月9日に東京高裁で棄却された関東自動車営業所での花咲淑夫現JR東日本常務取締役の脱退強要事件について、最高裁への上告を断念、JR東日本の行った不当労働行為が裁判所の審理において確定した。JR東日本は国労に対して、「今後このようなことがないよう留意します」という謝罪の書面を国労に提出した。

(国労機関紙「国鉄新聞」'97/09/26号より)

 亀戸中央公園(東京)で毎年恒例の「団結まつり」 年表へ

 10月12日、東京の亀戸中央公園で毎年恒例となった「団結まつり」。九州・北海道で解雇撤回を闘う各闘争団をはじめ、これまで最高の170の出店に、地元の人々を中心に数千人が参加して大いに賑わった。

 仙台高裁が秋田出向団交拒否事件で、JRの控訴棄却 年表へ

 10月29日、仙台高裁は、秋田出向団交拒否事件で、労働委員会命令の取り消しを求めていたJR東日本の控訴を棄却した。事件は国労秋田地本の申し入れた出向に対する団体交渉を会社が拒否したもの。判決は国労の申し入れた団交をJR秋田支店が再三拒否した事実、労働委員会の救済命令、JR側が態度を変更して団交に応ずるようになった事実などを詳細に認定、JR側が命令の取り消しを求める利益はないとして会社の訴え事体を却下した。

(国労機関紙「国鉄新聞」'97/09/26号より)

 組合バッジで割れる裁判所の判断 年表へ

 闘争日誌でも分かるとおり、労働委員会や裁判所で国労側の連戦連勝が続いていたが、10月30日の、東京高裁での新幹線支部バッジ事件での国労敗訴は、少し私たちの闘いの気勢を削ぐものとなった。私の職場では今も組合員の半数以上が国労バッジを襟につけており、毎年定期昇給を4分の1、ボーナスを5パーセントカットされ続け、処分によって昇格試験も受けられないという事態が続いているからである。8月に出た横浜地裁の判決が、ほぼ全面的に国労側の意見を認めたものだっただけに、国労組合員にとって意外な判決であったことは間違いない。これで、バッジに関しては、広島と神奈川で地裁段階の勝訴、東京で高裁段階の敗訴と、判決が別れたことになるが、不当労働行為の認定を否定された東京都労働委員会と国労は、東京高裁の判決を不服として上告することになり、闘いはさらに継続されることになった。('98/01/01記)

 国府津給電区脱退強要事件で中労委が救済命令 年表へ

 11月25日、中労委は、国労国府津給電区分会に対するJR東日本の脱退強要事件で会社の再審査申し立てを棄却し、不当労働行為を認定する救済命令を交付した。事件は区長自ら先頭に立って多数の国労組合員に、国労からの脱退、東鉄労への加入を強要・勧奨したもの。個人面談で国労分会長や組合員を誹謗中傷し、執拗に脱退が強要され、また、夜間組合員宅を訪問して母親に対して「息子さんは悪い組合に入っている。このままでは将来は暗い」と、母親を通じて脱退を迫るなど、執拗な支配介入が繰り返された。神奈川地労委は会社の行為は不当労働行為にあたるとして、禁止と謝罪文の掲示を命じていたが、今回の命令はその判断を支持した。

(国労機関紙「国鉄新聞」'97/12/05号より)

 社民党の村山前党首など、橋本首相に解決要請('97/11/27) 年表へ

 11月27日、社民党の村山前党首、伊藤幹事長、渕上労働局長が橋本首相宛の要請書を村岡官房長官に提出したが、その席上で伊藤幹事長が「1047名の問題も10年を経過し、社会的問題として解決の時期にきている。長期債務の処理と同時に解決をはかるべきだ。裁判所も和解を働きかけている。われわれは、今後、運輸大臣、労働大臣、自民党にも働きかけていく」と述べ、村山前党首が「今がラストチャンスだ、この時期を逃したら難しくなる」と述べたのに対して、官房長官は「要請の趣旨は良く分かった」と答えた。
 ● 資料・社会民主党が橋本総理大臣に提出した要請書
 (略)…国鉄債務の処理法策についての議論が大詰めを迎えている今日、一方で一刻も猶予の許されない大きな社会問題・人道問題である「JR不採用問題」がいまだ解決していない問題として残されています。 とりわけ国鉄の分割・民営化10年にあたる節目の年である今年は、まさに長期債務問題とあわせて、本問題を解決するラストチャンスであり、今こそ政府与党が本問題の解決に乗り出すことが重要であると考えます。東京地方裁判所も「早期に抜本的な解決を図るべき時期に来ていると考える」という認識のもとに、繰り返し関係者に和解のテーブルにつくことを強く求めているところであります。
 政府におかれましても、本問題の解決に向けて特段のご尽力をたまわりますことを社会民主党として強く要請します。

(国労機関紙「国鉄新聞」'97/12/12号より)

◎ みずから上告を断念した確定判決を無視するJR東日本の「確信」とは?

 200件を超える不当労働行為を労働委員会に指摘され続けてきたJR各社は、罰則がないことをよいことに、労働委員会の命令を一貫して無視してきたが、この間、いよいよ争いが裁判所にうつり、裁判所でも旗色が悪くなると、確定した判決まで公然と無視する挙に出ている。9月に判決の出た、花崎現JR東日本常務取締役が直接関係した東京自動車脱退強要事件(既報)では、会社が最高裁への上告を断念して判決が確定し、国労に対して陳謝の書面を提出したのを受けて、一株株主会が会社と面会した。当の花崎氏本人が株主総会で「当社は適法に運営されている」と発言したことの虚偽が明確になったとして、陳謝を要求した株主会に対して、会社側は「…当社としては不服だが、事実認定の立証をめぐって、法律上の制約があることから上告を断念した。当社としては、花崎常務の不当労働行為はなかったと確信している」と、確定判決をあくまでも無視する姿勢を明らかにして、訪れた人々をあきれさせた。また、秋田での団交拒否事件(既報)は、11月12日にJR東日本が上告を断念して不当労働行為を認定した判決が確定したが、「判決は命令自体の当否の判断は回避しているが、拘束力の点では命令の取り消しと同様の内容。当社に法律上の不利益はない」などとマスコミ発表して、まったく反省していないようである。労働委員会の場では「労働委員会の結果如何にかかわらず、裁判で勝つ」と言い、裁判でも負けると、「裁判で負けたのは裁判所が間違っているからだ」という態度を取るのは、普通の大企業では極めて珍しい。JR各社、とりわけJR東日本のこうした、「国労と闘う姿勢を堅持する不動の確信??」はいつまでもつのだろうか。('98/01/02記)

 東京地裁が採用差別事件での和解断念。5〜6月判決言い渡しへ('98/02/02) 年表へ

 国鉄の分割・民営化にあたって、ほとんど国労組合員ばかりが採用を拒否された採用差別事件のうち、大部分の人数をしめる北海道・九州事件について、東京地裁は2月2日、「和解の席につくようJR側へ再三にわたり要望したが応じないため、一応和解を断念する、JRに不当労働行為の責任があるか否かについての判決を5〜6月に言い渡す」などとした「裁判所の意見」を関係者に伝えた。
 中労委が不当労働行為を認定したのを不服として、JR側が命令取り消しを求めていた裁判が昨年5月結審するにあたり、裁判長は「早期に解決を図るべき時期」だとしてJR各社、中労委、国労、国鉄清算事業団の4社に和解を勧告した(既報)。中労委と国労は受け入れたがJR側は拒否したため、その後、裁判所による和解をさぐる動きが続いてきたが、2月2日の「意見」によって、判決が出されることになった。
 JRはこれまで、労働委員会と裁判を通じて、「国鉄とJRは別であり、国鉄が行った不当労働行為の責任を負う立場にない」として、国労の訴えを門前払いするよう一貫して主張してきた。労働委員会ではその主張は入れられず、JRには国鉄の不当労働行為によって生じた不利益を解消する責任があるとされたが、JR側は「労働委員会では負けたが、裁判では勝つ」と言い続けてきた。その判断が5〜6月には出されることになったわけで、この判決の行方は、国鉄−JRと国労の、すでに15年になろうとする労使紛争の行方に重大な影響を与えると思われる。

 東京地裁がJR側に示した和解案は、(1) 1047名中、雇用の場を確保する必要のある者について、JR各社で採用する。(2) それ以外の者については、清算事業団・政府の責任で金銭的保障をする。(3) 労使正常化に向けた交渉をする、というものである。これは、双方の当事者内部でいろいろな意見があると思われるが、国労側から見れば、政府・国鉄・JRに不当労働行為があったともなかったとも言わないあいまいなものでり、和解の道筋に入った場合、地元JRへの採用を要求して10年以上闘い続けてきた1047名のうち、果たして何人の希望がかなうのか、はっきりしない案だと言える。一方、JR各社にとっては、金銭的な負担は取るに足らず、自分たちの不当労働行為責任もあいまいなまま紛争に決着できる案なのだが、裁判所の示した、こうした和解案さえかたくなに拒否するとは、ほとほと頑迷と言うほかない。JR各社のこうした頑迷な姿勢には、いまやマスコミ、政府、裁判所も批判的になっている。この頑迷な姿勢が限界に達しているのは間違いがない。私たちが考えねばならないのはその先、いずれJRが態度を変えざるを得なくなったとき、国労はどのように闘いを決着させ、そして、その先の新たな闘いに向けて、どのような展望をもって闘い続けるのかではないか。国鉄闘争を、働く者の有利な条件で終結させるためにも、国鉄闘争以降を見据えた闘いが必要になっていると思う。

('98/02/10記)

 えぇっ! 嘘だろう? 静かな怒りが沸いてくる。

  −東京地裁が採用差別事件で不当判決。やはり闘い続ける以外にない−('98/05/28) 年表へ

 5月28日、正午のニュースで中労委命令を取り消す判決が出たことを知った時は、正直なところ、少々動揺した。職場の同僚のなかには「怒りで足が震えた」と言う者もいる。

 国鉄の分割・民営化にあたって、国労組合員がJRへの採用を拒否された事件のうち、大部分をしめる北海道・九州事件について、東京地裁は5月28日、不当労働行為を認定しJR各社に不採用者の採用や採否選考のやり直しなどを命じた中央労働委員会の救済命令を取り消す判決を相次いで出した。詳しくは国労などが出した声明とコメントを読んでもらうとして、一言で言えば、経営形態の変更を契機に気に食わない労働者を一挙に排除し、めざわりな労働組合を解体するという中曽根政権のやり口を裁判所が認めたということだろう。中央労働委員会が出した救済命令を踏まえ、JRに復帰することを求めて、11年間アルバイトなどで食いつなぎながら闘いつづけてきた800余人の国労闘争団員、そして彼らをささえてきた家族のことを思うと暗澹たる気持ちになる。

 二つの判決のうち、片方は「国鉄とJRは別であり、国鉄が行った不当労働行為の責任を負う立場にない」というJRの主張をそのまま認めた不当なものだが、もう一方は、「国鉄が名簿作成時に国労組合員を排除し、そのことを設立委員が認識し又は認識可能であったなら、設立委員ひいてはJRが責任を負う」と言いつつ、「労働委員会はJRに採用することまで命令できない(選考のやり直し命ずるべきだ)」と、結論において救済命令を取り消した。どちらの判決も「不当労働行為がなかった」と言っているわけではなく、それは今後の裁判で判断されることになる。さらにJRに使用者責任があるという国労と中労委の立場を一応認める判決が出たことは闘いの足場になるかもしれない。泣き言を言わず、闘い続ける以外にないだろう。

 しかし、「国鉄とJRはちがう」というへ理屈を裁判所が認めたのには驚いた。国鉄からJRへ移行する時期、どこの職場でも昇進・昇格や配属、JRへの採用で、国労組合員を露骨に差別する労務管理が横行した。87年の4月1日、国鉄がJRに移行しても差別はなくならず、同じ管理者、同じ現場長が、同じように国労組合員を差別してきたわけだ。きのう同じ管理者が行ったことの責任が、今日になれば問われないなどということがあるだろうか。第一、当時の杉浦国鉄総裁はJRの設立委員でもあり、国鉄総裁として杉浦氏が行ったことの責任をJR設立委員としての杉浦氏が負う必要はないなどということがまかり通れば、世の中、悪いことのやり放題だろう。国鉄清算事業団はこの秋に解散する。新聞も「大規模な不当労働行為の責任がJRにないとなると、いったい誰が責任を負うのか。…事業団は今年10月に消滅する。ミステリーの題名ではないが「そして誰もいなくなった」ということになりかねない」(朝日新聞5月28日夕刊)と書いたが、国鉄労働組合を解体するためにしくまれた「政府による不当労働行為」、100人以上の自殺者を出しながら強行された組合つぶしの責任を問うために、不当に採用を拒否されて11年にわたって闘い続ける仲間たちと家族の無念を晴らすために、闘い続けようと思う。

('98/06/02記)

 国労新橋支部が運輸省前で座り込み。('99/01/28) 年表へ

 私の所属する国労新橋支部は、採用差別事件の解決、職場での国労差別の解消などを要求して、'99年1月から2月まで運輸省前で長期座り込み闘争を行いました。→写真

 国労第64回臨時全国大会が「国鉄改革法を認める」方針を採択。('99/03/18) 年表へ

 国労は99年3月18日、臨時全国大会を開催し、分割・民営化時に解雇された組合員の解雇撤回闘争をめぐって、前年から組織を二分してきた論争に組織として終止符を打ち、解雇撤回を求める前提として「国鉄改革法を認める」方針を満場一致で採択した。98年5月28日、中労委の不当労働行為認定を取り消し、政府による不当労働行為を免罪する東京地裁の判決が出て以降、解雇撤回闘争の出口を必死に模索してきた国労が、方向性について一つの結論を出したことになる。臨時大会での議論と決定された方針については、国労機関紙「国鉄新聞」の記事を参照していただきたい。また、12年間にわたる解雇撤回闘争を続けてきた組合員がどういう気持ちで臨時大会に臨み、どういう気持ちで方針案の採択に参加したのかがよくわかるインタビューを雑誌・「労働情報」から転載したので、参照していただきたい。98年5月の不当判決と定期全国大会以降の経過については、私が仲間と作っているミニ・ミニコミ「汽笛」Web版を参照していただきたい。

 その上で、今、私としてはただ、「自民・社民両党責任者と本部委員長の会談で解決の道を開くことができた」という国労本部の説明に対して、素朴に「本当にそうならばいいが」と思うだけである。あえて言えば、「分割・民営化に反対してきた国労として、白旗をあげるものだ」という、想定される批判、ある意味で当然過ぎる批判に対しては、20年近く国家権力から集中砲火を浴びながら闘ってきた国労が、いま仮に本部を先頭に旗を巻いたとしても、よく闘ってきたという感慨こそあれ、批判する気持ちにはなれないとだけ書かせていただきたい。もちろん、JRと政府に国労を認知させるために解雇撤回闘争の当事者である闘争団を切り捨てるようなことは許されないが。そして、今回の「国鉄改革法を認める」という決定は、白旗をあげることと必ずしもイコールではないという気持ちもある。自民党政府や財界は当然にも、労使紛争の解決のためには、国労が「国鉄改革法」を認めることが大前提だとしてきた。私は、800余人の闘争団員とその数倍の家族にとって納得できる解決が図られるなら、今回の大会決定は間違いではなかったと思う。そして、討論で反対した代議員も含め、満場一致で方針が採択されたことは、それ以外に闘争の現実的な方針はなかったのだと思う。

 方向性が決まった以上、後は闘いである。「納得できる」解決が本当に勝ち取れるのか? いよいよ正念場だと言えそうだ。

 国労第65回定期全国大会。激論の末経過と方針を採択。('99/08/27,28) 年表へ

 国労は99年8月27,28日の両日、定期全国大会を開催したが、3月の臨時大会で「国鉄改革法を認める」方針を決定して以降の和解交渉の経過に議論が集中。和解をめぐる交渉の中で本部が自民党と自由党に提出した文書と運輸省メモに対する本部の態度が、「改革法を認めることは分割・民営化賛成に転ずるものではない」とした臨時大会の決定を逸脱しているという批判が多く出て、経過の承認は2日目にずれ込んだが、最終的に経過・方針・人事を承認、決定して終了した。→関連記事・「汽笛」(2000/01号)。

 神奈川バッジ事件で、国労の勝利、JR東日本の敗訴が確定。('99/11/11) 年表へ

 国労神奈川バッジ事件でJR東日本は、2月24日に東京高裁が言い渡した国労勝利の判決を不服として上告していたが、最高裁は12月11日、裁判官全員一致の意見として「本件を上告審として受理しない」という決定を行い、国労にその結果を送付してきた。これによって、国労勝利の東京高裁判決が確定した。
 高裁判決は「(バッジ取り外しの指導等)が従業員の規則違反を理由として行われ、一見合理的かつ正当と言いうるような面があるとしても、それが労働組合に対する団結権の否認ないし労働組合に対する嫌悪の意図を決定的な動機として行われたときには、…労働組合に対する支配介入にあたる」として不当労働行為を認定していた。

(国労機関紙「国鉄新聞」'99/11/28号より) 

 ILO理事会本会議が国労の主張を認める勧告を採択。日本政府に勧告。('99/11/18) 年表へ

 国労は98年10月、ILO(国際労働機構)に対して「分割・民営化時の採用差別を容認する東京地裁判決は団結権を侵害するものだ」と提訴し、ILO結社の自由委員会が審議してきたが、11月18日に開かれたILO理事会本会議は、国労の主張を全面的に認めた結社の自由委員会の中間勧告を採択した。→資料
 これを受けて国労は、日本政府がILO勧告を真摯に受けとめ、政府の責任で早急に関係者間の話し合いを行い、全面解決をはかることを求めるコメントを発表した。

(国労機関紙「国鉄新聞」'99/12/3号より) 

 JR東日本が立川車掌区の脱退強要事件で謝罪文を車掌区掲示板に提出。 年表へ

 JR東日本は12月3日、中央労働委員会が11月16日に交付した東京地本立川車掌区分会の脱退強要事件の救済命令に服し、命令にもとづく「謝罪文」を立川車掌区の掲示板に提出した。JR東日本が行政訴訟を断念し、労働委員会命令に従うのは、全国的にも初めて。
 すでに脱退強要事件でJR東日本は、97年9月9日に東京自動車脱退強要事件で上告を断念。98年11月12日には宇都宮自動車脱退強要事件で控訴を断念し、判決が確定しているが、会社が、裁判に訴えず自ら労働委員会命令に服することは、「これ以上争っても勝ち目がない」「社会的にも指弾されるだけである」と判断したもので、大きな前進である。

(国労機関紙「国鉄新聞」'99/12/17号より) 

 JR東日本が新橋支部四分会の脱退強要事件で本社玄関に謝罪文を提出。 年表へ

 12月21日、中央労働委員会が救済命令を出していた新橋支部4分会脱退強要事件で、JR東日本は行政訴訟を断念。命令に従ってJR東日本本社玄関に謝罪文を提出した。
 謝罪文は松田昌士社長が国労東京地本の酒田委員長に宛てたもので、「当社が品川駅の首席助役、総括助役及び助役、浜松町駅の駅長及び助役、原宿駅の駅長並びに高崎給電区の区長を通して、貴組合の組合員に対し、貴組合からの脱退を勧奨したことは、不当労働行為であると中央労働委員会より認定されました。今後、このような行為を繰り返さないよういたします」というもの。

(国労機関紙「国鉄新聞」'2000/1/14号より) 


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