2000/02/05〜
やっと名前変えました。
新しいサーバに引っ越してアドレスを aoisora.org = 「青い空」にした4月には、「窓」というページの名前は決めてあったのですが、下の書き込みで「遠からず実行」とかいた4月5日から8ヶ月もたって、やっと、しかも突然、当ページの名前を「窓」に変更しました。これで、あまりにも珍奇な「電気玉葱」からはすこしましになった=月並みになったような。名称変更しました当ページを、今後ともご愛顧いただきますよう、お願い致します…って、…ちゃんと更新しろよな。…はい。
しかし、改名によって、「深遠なる思想的営為」であると宣言され、いつか、解説すると言われていた「玉葱の皮むき」の秘密は、永遠に謎として残ることになってしまいました。…って、たいしたことじゃないので、そのうち解説するかも。
【 2005/04/05 】
引っ越しのご挨拶。
先日予告しました当ページの引っ越し作業。例によって予告からは遅れまして、本日とりあえず完了いたしました。旧ページからリンクをたどってこのページに起こしいただいた皆様には、なにとぞ、新しいアドレスを「お気に入り」のページに加えていただき、今後とも当「電気玉葱」をご愛顧頂きますよう、伏してお願いいたします。
なお、本来なら転居と同時に行うはずであった珍奇なネーミングからの脱却と体裁の変更も遠からず実行するつもりです。どうぞご期待下さい。
【 2005/03/22 】
あれっ、こんなところに変な色の…
あれっ、こんなところに変な色の玉葱が…。えへへっ…、ちょっとまとまった休日があったので、先日予告しました引っ越し作業をしている最中、仮運用中です。結局、ページの名前はそのまま、色がちょっと変わっただけですが、談話室も最新のものが仮稼働中ですし、カウンターも悪さのできないものに変えてあります。当「電気玉葱」はあと1週間以内に、正式な新アドレスに引っ越すことになります。。
【 2005/03/14 】
突然の転居予告
じつは……、長らくご愛顧頂きました当「電気玉葱」は、近日中に引っ越そうと思っております。できたら、ページの体裁も、珍奇なネーミングも改めて、つまり、名前も新しくして再出発したいなあなどと考えているのですが、例によって怠惰ゆえ、とりあえずは、アドレスが変わるだけになるかもしれません。そんなわけで、ブックマークの変更等、お手を煩わすことになるかと思いますが、その際は、どうぞよろしくお願いいたします。
【 2005/01/13 】
新年のごあいさつ
新しい年を迎えて、「電気玉葱」ご愛顧の皆様に新年のごあいさつを申し上げます。
4年間も放りっぱなしだった当ページですが、長期にわたる休止期間にもかかわらず、奇特にも暖かく見守り続けてくださっていた方が何人かいらっしゃいまして、再開後、昨年の暮れまでに、「見晴らし荘のころ」が全文ダウンロードできるようになったことを宣伝して頂いた方、更新をさらに継続するよう励ましてくださった方があったことは、まことにうれしい出来事でした。本年は、ばりばり継続して、「夢見るメディア、闘うメディア」としての地歩を揺るぎのないものにしていく所存ですと書くと、また嘘になってしまいますが、せめて一月に一度でも内容のある更新を続けていきたいものだと、年頭に当たって考えているわけです。
さて、今回、いささか唐突ですが、「平和・戦争」のページを新たに作りまして、「目で見る世界のアメリカ軍基地」といった感じの地図を公開しました。「平和・戦争」のページをご覧下さい。
近々、国鉄闘争の記事も追加する予定です。乞うご期待。
【 2004/10/24 】
掲示板(談話室)ファイルが見るも無惨な状態です。自動巡回ソフトを使った攻撃で、本来の書き込みは削除され、アダルトサイトらしきところへのリンクが延々と書き込まれていました。バックアップしてあったファイルに何度か差し替えても効果がないので、近日中に掲示板を別のソフトに入れ替えるつもりです。あと、アクセスカウンターが1に書き換えられました。これも何度目かの攻撃です。こちらの方も耐攻撃性のあるものに差し替えるつもりです。
【 2004/08/24 】
「見晴らし荘のころ」のページに「橋田さんの思い出」を追加しました。橋田さんは私の本を出してくれた人ですが、当ページで全文を公開することを認めてもらうため、会いに行こうとしていた矢先に亡くなったのです。私が最後にあったのは、国労が「JRに法的責任はない」という自殺的方針を決定しようとしていた2000年7月1日の臨時大会の会場前でした。
【 2004/08/01 】
長らくご無沙汰しておりました。「電気玉葱」は4年間の沈黙を破って更新を開始しました…って、いつまで続くのやら…。でも、今回は続くような予感がします。
今回、更新の目玉は「見晴らし荘のころ」の全文公開。実はもう、1年以上前に出版社から公開の許可をもらっていたのに、さぼっていたのです。教育史料出版会のNさん、どうもありがとうございます。近々、本を出してくれた故橋田さんのことをアップしようと思っています。
あとは、国鉄闘争関係の3つの文章。どちらも、古い情報を整理したもので、「4年間の沈黙を破って更新」というには、ちと気が引けますが、新しい内容も、ぼつぼつ加えていこうと思っていますので、ご期待ください…って…ほんとう…ほんとうだってば。
【 2000/05/05 】
「さあバリバリ更新するぞ」と書いてから、もうすぐ2ヵ月。何してたかと言うと、やっぱり Linux をさわって遊んでいたのです。今、 Linux 上の mule と言うエディタでこの文章を書いています。mule と言うのはUNIXでは定番のエディタなのですが、これが超難解。何でもできると言うのがうたい文句なのですが、それは技術のある人の場合。技術のない人が日本語を書くのに使うと、何もできないというような気になってくる代物です。その UNIX 上の定番エディタを使って、htmlファイルを書いています。やっとhtmlタグの部分だけ色を変えて表示する方法がわかったので、これまで Windows 上の WZ というエディタでやっていた html 書きは Linux 上に移行しようかなと思っています。…って、まだ netscape と連動させる方法がわかんないんですけど。…とほほ。
ところで、1年前は、フリーの OS である Linux のことが商業新聞に載ることはまれで、たまに小さな記事が載ったと言っては、Linux 関係のメーリングリストで話題となるような具合だったのが、4月25日に、Linux を作ったリーナス・トーバルズという青年(確か30歳くらい)のインタビューが朝日新聞に大きく載っていました。マイクロソフトは裁判で独占状態を利用して不公正な手段で利益を上げているという判決をもらい、このままいけば OS (Windows)部門とアプリケーションソフト部門に分割されそうだし、コンピュータの世界では時代を画する大きな変化がやって来そうです。
現実世界の変化の方は、あまり期待できそうにないから、せめてバーチャルな世界での変化を待望しましょうか。
でも、友人から来たメールによれば、JRの労使関係にも変化のありそうな兆候もあるみたいですけどね。何はともあれ、労働運動のページを更新しなければなあ。2月のことで書かねばならないことがあるのに。
【 2000/03/12 】
2月中にアップできそうと書いてから、もう半月が過ぎた。1ヶ月半かかったわりには内容はそんなに充実していないし、これだけ更新するのに、なにをそんなに時間がかかったのかと自分でも思うが、ソースを読んでもらえば、ソースがずいぶん洗練されたのがわかると思います。…って、それじゃあほとんど意味のないじゃん。まあ、しかたないか。
これからバリバリ更新するぞって…、いつもそればっかし。
【2000/03/11 (土)】
今、夜勤明けで会社からかえる電車の中です。ユウ(うちの坊主で、2歳と10ヶ月)が喘息の発作を起こしたので保育園に行けず、かみさんが自分の働いている医院に連れていったのを迎えに行くところです。ちょっと心配。
【 2000/02/25 】
結局、あっちこっちいじっている間に、更新してWeb上にのせるまで1ヶ月かかってしまった。明番、休みはほとんど家事・育児に取られるので、いまも深夜に起きだして書いているように、時間が実際にないことが原因。でも、あと数時間の作業×2回くらいでほぼ予定していた作業は終わる予定なので、今月中にアップできそうだなあ。
育児休業日記を見たといって、政府系の財団が出している雑誌から原稿依頼が来た。2年前の日記でも、よく読んでくれるものだ。
【 2000/02/06 】
このページでは、ぶつぶつぶつとひとりごとを書いていきます。
ここ1年半ほど、LINUXにはまり込んで日常の環境をWINDOWSからLINUXに切り替えようと悪戦苦闘してきたが、結局、うまくいかないまま、とりあえず中断したとたんに、こんなふうに、ホームページを作り直す暇というか心の余裕というか、そんなものができて、これをいったいどう考えればいいのだろうか。
ノートパソコンにLINUXのシンボルマークなんか貼っちゃって、
「これからはPC-UNIXだよ」
なんて粋がっていたのに、挫折(はしてないと本人は強弁しているが)、中断した大きな原因はやはりユーザーインターフェイスの問題で、私は、日本語の入力には富士通の開発した親指シフトキーボードと縦書きで入力できる高速のエディタが必須で、そのどちらも使えない環境に移行するのは、やっぱり無理だったというのが現状での結論。
それに、何をやるにも自分で設定しなければならない項目が膨大で、いろいろいじっては見たが、結局、WINDOWSの使い勝手を超える(ところまではいかなくとも、少なくとも同等の使い勝手の水準まで、チューニングできる能力がなかったということもある。
でも、PC-UNIXの魅力は捨てがたい。どんどん重くなるばかりで、相変わらず自由度の低いマイクロソフトのソフトウェアとそれをただ馬力にまかせて動かすために、年々スピードだけが速くなるインテルのCPUの組み合わせを、否応なく押し付けられ、さあ、今度はWINDOWS95だ、98だ、2000だと、人々が踊らされているさまは、現在の資本主義社会の重要な一断面を象徴していて、それは、例えばモデルチェンジに踊らされて人々が次々と車を買い換えてきたのと同様なのだが、車はなかなか「フリーウェア」化、つまり、手作りで自分にぴったりのものを作るというわけにはいかないが、パソコンのOSならばそれが可能で、LINUXはフィンランドの大学生が「いいOSがないから自分で作ろう」という気で作り始めた物がいまやウィンテルを脅かすまでに成長したのだから、私は自由な環境としてのPC-UNIXに転向したいという気持ちは持ち続けている。あと、2年もすれば自由で、軽くて、使い勝手のいいPC-UNIXの環境が整うのではと思っている。それまで、少しおあずけで、「電気玉葱」の方に力を入れることにします。…って、また、本当かなあ。